書籍・雑誌

2016年3月14日 (月)

親日派のための弁明2

親日派のための弁明2  キム・ワンソプ

親日派のための弁明から2年後の2004年に書かれてます。
前著より冷静にいくつかの日韓間の問題について深く掘り下げた、という感じの本になってますね。

まずは閔妃です。日韓併合前の大韓帝国時代の朝鮮半島で権勢をふるっていた女性ですね。
現在の韓国ではこの閔妃を国母として扱ってるとか。
そのことの正当性を検証してる。
閔妃は朝鮮半島を統制していたのに日本に殺されたかわいそうな人だということなんでしょうが、そうではなくて、個人のわがままで朝鮮半島を無茶苦茶にしたということを冷静に分析している。閔妃暗殺は日本の陰謀とか朝鮮人によるテロとかいろいろ見方があるんでしょうが、それらが複雑に絡まって起こったということでしょう。古い話なんで、あまり決定的な証拠が残ってないので状況から判断するしかないのでしょう。しかし閔妃の生前の政治はやっぱり朝鮮半島にとってはまさに売国的であったというのが事実ではないかと思いますね。

伊藤博文公と朝鮮総督府。僕自身あまり伊藤博文のことについてあまり知らない。しかし著者は東洋のビスマルクと政治家として高く評価してる。実際初代総理大臣で朝鮮半島経営にも乗り出して改革を進めていたことはすごいことだと思う。
もちろん伊藤博文を暗殺したアン・ジュングンについてもただのテロリストとしてる。
朝鮮総督府のやったことについても、どうも日本が朝鮮半島を植民地化して朝鮮人の尊厳や文化も何もかも奪っていったというのが韓国人と自虐史観の日本の認識ということのようですが、朝鮮総督府の土地改革のことを詳しく分析して、朝鮮半島にとって土地改革が近代化への第一歩だったのだとしている。そして李氏朝鮮時代を通じて、朝鮮人には土地改革ができなかったのだから、日本統治がなくても朝鮮人自身で近代化はできたはずだという議論間違ってるとしています。

太平洋戦争と慰安婦。
前著でアメリカによる原爆投下が新兵器実験だ、と語っていたのと同じような感じで、真珠湾攻撃について分析してる。
ぼくは山岡荘八氏の太平洋戦争を読んだんですが、真珠湾攻撃については、アメリカ側は知っていて、日本との戦争を始めるために先に叩かせたんだという見方は著者と同じです。
この日本の太平洋戦争突入がアメリカ側からの陰謀だということを戦後のアメリカ人による研究等も紹介しながら解説する。
そして年末に日韓間で不可逆的に解決した慰安婦問題についても書いている。
この慰安婦問題の件で、旧日本軍の慰安婦制度に対する見方は初めて接した。
前線の兵士に対する性の解決を”慰安婦”を用いて解決しようとした日本は画期的だという話ですね。これはちょっと驚いた。そして女性問題につながるので公に慰安婦を提供できない現代軍では、女性兵士が一部そういう部分を担ってるんじゃないか、という見方をしてるのにはもっとびっくりした。
もちろん韓国人の旧日本軍慰安婦だとされる人たちの問題についても、いろいろ数字もだして反論してくれている。

日韓問題は冷静に分析してるんですが、漢江の奇跡(ハンガンの奇跡)についてはちょっと違うようです。漢江の奇跡とは、1970年代の韓国の驚異的な経済発展のことを指す言葉ですが、日韓基本条約での日本からのお金についても触れてはいますが、やっぱり韓国人の誇りなんでしょうか、日本のお金よりも自分たちで成し遂げた、というニュアンスで書かれています。日韓基本条約で日本から韓国にいろいろな名目で支払われたお金の額や使われ方を詳しく検討してないのは、日本のお金があったから韓国が経済発展したということの意味を薄めていという思いがあるのかなと思ってしまった。
まあこの辺はしょうがないかな。

最後に日本の歴史教科書に韓国側からイチャモンをつけてる件を細かく分析してますね。
そもそも他国の歴史教科書に韓国政府が文句を言うという行為自体が考えられないものですが、日本側もあまりまともに相手してるようには見えませんね。
それよりも中国が朝鮮半島を属国だったと教えてることにもちゃんと韓国政府は文句を言わないとだめですね。
今でも中国の属国だから言えないのかな、いや事実だから言えないね。

親日派のための弁明のような、韓国人が冷静に歴史を見つめてる本が、韓国で発行禁止措置になっている。こんな言論統制をしていて、韓国に言論の自由がある、なんてよく言えますね。
韓国は表向き民主国家となってますが、中身はまだまだ先進国からは程遠いということでしょうか。
ほんとのことが言えない国、韓国。これからどこに向かっていくんでしょうか。

2016年3月 9日 (水)

親日派のための弁明

親日派のための弁明   キム・ワンソプ

 

まえから気になってた本なんですが、やっと読みました。

 

初版は2002年なんですね、もっと早く読んどくべきでした。

 

これは韓国人の著者が韓国人向けに韓国で出版したものを日本語訳で出した本です。
とうぜん著者は韓国人ですが、日本人よりも近代日本の歴史については詳しいと思われます。

戦後の日本は占領政策によってかなりゆがめられた教育がなされていたことは間違いないでしょう。特に歴史に関してはよく言われる「自虐史観」というものにのっとって日本の近代史を教えてる。
自分も普通に日本の義務教育と高校、大学まで一応行きましたが、日本の歴史教育は江戸時代までの分量が厚くて、近代史は駆け足で教えるだけで詳しくない。しかも明治維新後は欧米列強に並び立つまでは良いけど、その後戦争に突き進むところからは、完全に「悪者の日本」という見方でしか歴史が語られない。この辺はやはり残念ですね。日本人が日本の近代史を学ぼうと思うと、個人的にいろいろな本を読まないと詳しいところが解らない。しかしその近代史の本もちゃんと選ばないと自虐史観に基づいて書かれてると世界の中の日本の本当の姿が解らないという難しいことになってますね。

日本人は外国と接することがほとんどないので、日本のことが客観的には見えない。だから日本のことは一旦日本を出て外から見た方がよく見えるというのは本当だと思います。

そしてこの著者のキム・ワンソプさんですが、この人もこの本を書くきっかけになったのは2年間のオーストラリア生活を経験してからのようです。
というのは、韓国もその教育はかなり偏っていて、本当の歴史を教えてない。
だから、海外に出て韓国の本当のことを知ってそれで目が覚めたようです。

そこから韓国人の日本に対する態度がおかしいと思っていろいろ調べるうちに、日本も自虐史観で日本人自身が変な歴史観を持ってるということに気付くんですね。
しかしこのキムさんが指摘する日本の変な歴史観について、まだほとんどの日本人がおかしいと気付かずにいるというのが現実ではないでしょうか。

実際に海外に出て日本のことを考えるのが一番日本の本質について気付きやすいとは思いますが、こういう外国人による日本観についての本を読むことでも自分の知らない日本が見えてくると思う。

基本的には韓国の親日派に対する弁明なので韓国についての日本との関係を書いておられます。
だから日韓間の近代史についてはこの本を読めばだいたい流れは理解できる。そして日韓の近代史といえば日韓併合からが直接的な関係になりますが、その前段階の朝鮮半島の状態、日本の幕末から明治維新にさかのぼり、なぜ朝鮮半島は日本に併合されなければならなかったのか、そしてなぜ日本は朝鮮半島経営に直接乗り出さなければならなかったのか、こういう歴史的事実を偏見なく書かれてると思う。偏見とは、韓国人や日本人の中にもいますが、「日本による朝鮮の植民地化」「日本による朝鮮侵略」という見方ではないということです。

それと太平洋戦争についても当然書かれてる、この中でびっくりしたのは、アメリカによる広島、長崎の原爆投下についてです。日本では声を大にして言う人を見たことがない、というかタブー視されてるわけですが、このアメリカの原爆投下を、「アメリカの新兵器実験」だとはっきり書いてる。これはまえから僕もそう思っていたんだけどそういう意見を友達にも言えないし理解してもらえない雰囲気が日本にあると思う。原爆投下のこと調べると新兵器実験であると思える背景は確かにあるけど、日本でさえ定説ではないことを韓国人が発表してることにびっくりした。

竹島問題、これも最近では普通にニュースにもなるので多くの日本人も知るところとなりましたが、最近まで知らなかった人の方が多いでしょう。僕もあまり知らなかった。この竹島問題も詳しく経緯が書いてあり、完全に日本の領土としてあるのは当然といえば当然なんだけど、韓国人が冷静に歴史的事実を判断して書いてるところに意味があると思う。

日本の宗教観についても面白い見方をしています。日本の宗教は日本人自身があまりこだわりがないというか、普段から宗教を意識せずにくらいしてるので、あまり考えず、そして理解してない。僕は井沢元彦氏の本から、日本人は「日本教」なんだ、という意見に賛成ですが、このキムさんは日本の新道精神が上級宗教だと言ってる。そこから靖国神社、政治家の靖国参拝問題について書かれてる。とうぜん「なぜ政治家の靖国参拝が問題になるのか!?」という意見です。

そして国の独立についてです。これは全く考えたことがなかった見方でした。まあ僕は日本人なんで、韓国が独立せず今も日本のままだったら?という問いを考えるなんて想像もできなかったわけですが、キム氏はハワイとプエルトリコの例を出して、韓国と台湾は日本による統治時代があったからこそ戦後アジアの中でいち早く経済発展できたのだという見方で、さらに韓国は太平洋戦争後も日本の統治のままであったならハワイのように豊かな国になっていたかもしれない!という意見です。これにはびっくりした、あれほど日本の朝鮮併合に文句を言ってる国の一人であるキム氏が、独立せずに日本のままだった方が韓国はもっと豊かな国になっていたはずだと分析してるのには驚いた。冷静に考えると、ほんとにそうかもしれないですね、それほど韓国人の統治システムは腐敗が多いと国民は思ってるのでしょうね。

いろいろ書きましたが、日韓近代史、いや日本の近代史の本として一度目を通されることをお勧めします。

最後に翻訳者が朝鮮問題に詳しすぎる荒木和博先生なので日本語訳の本ですがすごく読みやすいです。

2016年3月 1日 (火)

朝鮮通信使をよみなおす

朝鮮通信使をよみなおす 仲尾 宏
    「鎖国」史観を越えて

仲尾先生は日朝関係を中心に研究されてるのだと思います。著作を見ても朝鮮関係の本をたくさん出しておられます。
今回の「朝鮮通信使をよみなおす」は学術論文ではなくてシンポジウム等で発信したものをまとめたもののようです。

まず全体的に読みにくいです。
サブタイトルに「鎖国史観を越えて」とありますが、仲尾先生は、江戸時代の見方としての通説というか一般に理解されてる「鎖国」という見方とは違う角度から評価しようとしてる。その中での日朝関係を見ようとするわけですが、その先生が言うところの「鎖国史観」を無理に否定しようとする内容がちょっと無理があるように思う。
それよりも、批判を恐れずにもっと言うとですね、仲尾先生の考え方の基本は「朝鮮は偉大な国である」と言うところにあるのではないかとさえ思える。

学術論文ではないと”はじめに”の部分で断わってるので、歴史学としての先生の意見ではなくて、仲尾先生の考える「江戸時代の日朝関係と朝鮮通信使の本」として出したということですね。

全体的に日本や江戸幕府を無理に貶めるようなことはさすがにあまりないんですが、朝鮮を無理に立派な国に見せようとする記述ははじめから最後まで貫いてる。
シンポジウム等で聴衆に向かっての演説であれば、聞く側にそれほど知識がなければ、「なるほど朝鮮は江戸時代に日本に多大な影響を与えたんだな」とだますことができるかもしれないですが、本で読むとすごく違和感があって、突っ込みどころ満載な感じです。

仲尾先生は「鎖国史観を越えて」と言って江戸時代を鎖国時代とする見方をある意味偏った見方だと批判するが、先生の「朝鮮は偉大だ」という先入観による朝鮮通信使と江戸時代に対する見方もこれまた偏ってると言わざるを得ない。

第2章で江戸時代の「鎖国」についてのことを説明してますが、先生は江戸時代は「鎖国」ではない、なぜなら江戸幕府は「鎖国令」を出したわけではない。鎖国とは19世紀にはいって江戸幕府の制限・規制貿易を指して名付けられたからだ、と言ってる。
「江戸幕府が鎖国令を出してないから江戸時代は鎖国時代ではない」これは無理がある。というか言葉遊びですね。
どうも先生は左派系の人がよく使う問題のすり替えをしてるように見える。
去年大きな話題になった、安保法制を「戦争法案」と全く違う名前で呼ぶのと同じ匂いがする。
実際江戸時代は長崎でのみ貿易を許されて、日本人が自由に海外に出ることができず、外国人も自由に日本に入ることも動きまわることもできなかったわけだから、こういう状態を指して「鎖国」と呼んでるわけだから何の問題もないはず。「鎖国史観」を否定するのに「朝鮮通信使」とか北海道のアイヌとか今の沖縄の琉球王国との交流を出してくるけど、これもかなり無理がありますね。

細かい内容は覚えてないので、なんとなく覚えてることで違和感のあったことを書いていきます。

朝鮮通信使の評価ですが、これを先生は江戸幕府と朝鮮王朝との”対等”な付き合いだったとします。それはお互い朝鮮王と徳川将軍で対等な立場として国書をかわしてるからだとします。
しかし他の見方として、当時の日本側の幕府関係者や大名や僧侶、商人等々たくさんの人々が残した文書や日記にはたびたび「朝鮮の朝貢使」や「朝鮮入貢」などの記述がたくさんある。これはどういうことか?
江戸幕府の国書は一応外交使節団に対して失礼がないように朝鮮王の派遣して来た使節に対等に対応したのであって、当時の日本側の人たちは朝鮮通信使のことを「朝貢使節だ」と思っていたということです。
だから形式的には江戸幕府と朝鮮王朝は対等な関係としてたけど、実質的には「朝貢」であった、もしくは日本側は「朝貢」だと認識していた、というのが正当な評価になるのではないかと思う。

出島に来ていたオランダ商人が数人だけでしか江戸入城を許されなかったということを書いている。それに対して朝鮮通信使は毎回500人ほどが江戸まで来ていた。そして日本側はこの500人余りの朝鮮通信使を大名が莫大な費用を掛けて接待したとある。
この朝鮮通信使に対する日本側の接待の内容は、
どれほど各地の大名が苦労をして接待したかが書いてある。
これほどのもてなしをしていたということは、朝鮮通信使は日本にとって大切な使節団だった証拠だ、と言いたいようですが、中国には「有能なやつはもてなすな、無能なやつは盛大にもてなせ」的な言葉があるそうで、これがそのままあてはまると思う。
江戸幕府にとってオランダは自分たちより進んだ技術を持って侵略しに来てるから、大ぴらに日本国中を見せなかったのであり、朝鮮使節団には日本をたくさんの朝鮮人に見せても問題ないと江戸幕府が判断していたということだと僕は思う。要するに朝鮮が日本を侵略してくる心配などない小さい国だと江戸幕府が思ってたということです。

朝鮮通信使と日本人の交流についても、日本人が朝鮮人に書を沢山頼んだり、歌を詠みあったり、儒学の論争をしたということです。そして、初期のころは日本の儒学は朝鮮人には「大したことがない」と言われていたらしい。しかし江戸中期ころからは日本の儒学者のレベルも上がったとか。
まあ儒学や朱子学のことは僕自身全然わからないので評価しようがないですが、朝鮮側から見て日本の儒学者は大したことがなかった、朝鮮は進んだ学問を持っていたと言いたかったようです。
これもなんか違和感を覚えた。なんか江戸時代の学問は儒学、朱子学だけのように聞こえる。しかしどう考えても日本では江戸期以前から和歌は発達してるし、日本国内の学問や日本語での書物も当時からたくさんあった。だから儒学、朱子学だけ取り上げて日朝を比較するのはどうかな。
そもそも儒学も朱子学も中国の学問で、朝鮮の学問ではない!当時の朝鮮は中国語ができないと政権側に入れないのですよ。中国に対してどれほど忠誠を尽くせるかが立派である基準なんだから。だから朝鮮独自の学問は発展してないんじゃないですかね。このことは現在の韓国にも言えるんでないですか?日本側で中国語ができる人が少ないことを批判的に見てるようですが、日本国内で生活するのに中国語はいらないですからね。しかし朝鮮では偉くなるには中国語が必須だったわけです。だから儒学でどうこうはどうでもいい。

現代日本でも「今からは英語くらい話せないと役立たず」みたいなことをいう人がいますが、全然そんなことない。日本にいて日本で暮らすのに英語なんていらない。英語が必要になったら勉強すればいい、それだけのことです。日本人には英語ができる人が少ないから立派な国でない、という意見は相手にされないでしょう。
当時の朝鮮が中国語ができないと偉くなれなかったのは、中国の属国だったからですよ。

年号についてです。仲尾先生は朝鮮側からの目線で書いておられます。朝鮮通信使の動きについて年代を西暦や干支で書くのはまあいいでしょう、しかしですね、日本側のことを書くのに一七〇九(宝永六)として、先に西暦で書いてカッコ書きで邦暦を後に書くのは非常に違和感がある。やはり日本の出来事は邦暦で書いてカッコ書きで西暦を書いてほしい。この辺も、仲尾先生はどうしても日本が好きになれない感じの人なんでしょうか。
文禄の役等の歴史事件も「壬辰倭乱」と書くのもなんか違う感じがする。日本人向けとは思えない、わざとわかりにくくしてる気がする。

いろいろ書きましたが、仲尾先生の「朝鮮通信使は日本に多大な影響を残した」史観は気持ち悪い。歴史を直視すればそんな評価にならないはず。
逆に朝鮮通信使が日本のことを羨んでいたような記事はほとんど紹介してない。朝鮮通信使にとって都合の悪いことは全然書いてない、こういう一方的な史観こそ「越えないといけない」考えなんではないですか。

だいたい国と国の付き合いで、「対等」なんてありえない。国力が違うんだから、やっぱり影響力の大きい小さいはでてくる。しかし国力が違うからと言って相手を見下すというのは違う。相手を尊重しながら付き合うことが大事なのであって、無理に背伸びをして対等になろうとする方がだめだと思うけどな。
どうも先生は江戸時代の朝鮮通信使は対等に江戸幕府と付き合っていたのだから、現代の日韓関係も対等なお付き合いをしなけらばならないとでも言いたそうですが、現代はお互い独立国なんだから対等なお付き合いでしょ。逆に韓国が一方的に根拠もなく日本を見下してるように見えるのは僕だけか。

思い出したので追記。
確か本書の中で、「今まであまり顧みられなかった朝鮮通信使の対等な立場での外交を現在の日韓関係に役立てよう」的なことが書いてあった。この言葉は先生の言う「朝鮮通信使は江戸時代の日本に多大な影響を残した」という見方と矛盾する。なぜなら江戸時代の日本に多大な影響を及ぼしたのなら、その痕跡が現在日本に多く残ってるはずだし、その現代の朝鮮通信使の痕跡の研究がずーとなされてないとおかしい。明治維新や黒船来航などは日本人のだれもが知ってる歴史事件だし本もいっぱい出てる。それに比べ朝鮮通信使は学校教育の歴史ではほとんど触れられない、それに先生自体が「いままで顧みられなかった」と言ってる、いままで無視されてきたり学校で教えられてきてないということは、すなわち「朝鮮通信使は日本にはほとんど影響を与えなかった」というのが事実ではないのか。

あまりにも偏ってた朝鮮通信使史観だったので、他の先生の朝鮮通信使の本も読まなければいけなくなった。朝鮮通信使に疑問を覚えさせるという意味ではこの本は成功かな。

もうひとつ思い出したから追記。
「太平洋戦争」についてです。
第二次大戦のことですが、おおざっぱに言って、その中でも日本が主にアメリカと戦った戦争について「太平洋戦争」ということでだいたいあってるでしょう。戦場は太平洋から中国、インドシナ半島、マレー半島、インドネシア、その先もっと南方と広い地域になります。
普通日本人的には第二次大戦のことは「太平洋戦争」で通じるはず。
しかしですね、仲尾先生は「アジア太平洋戦争」と何度も書いてる。こんな表現初めて見た。他では聞いたことがない。
わざわざ「アジア」とつけて日本がアジア地域に酷いことをしたんだとというイメージを植え付けたいのか?
この本は朝鮮通信使なので、朝鮮半島の話だったわけだけど、太平洋戦争でアジア地域が戦場になったのは間違いないけど、朝鮮半島は太平洋戦争では大きな戦闘はなかったのですよ。さも太平洋戦争で朝鮮半島が破壊しつくされたようにイメージしたいのでしょうがそれは無理がある。台湾はアメリカ軍の北上で沖縄手前にある関係で戦場になってるが、アメリカ軍は確かフィリンピンから台湾を飛ばして一気に沖縄に来てないかな?この辺はあいまいで申し訳ない。
しかし朝鮮半島は日本軍とアメリカ軍の戦場にはなってない。
以前、外国のテレビ局が作った韓国の史跡の案内人を紹介する番組で、「韓国の古い寺院が破壊されたのは、まえの戦争で日本軍が破壊しつくしたからだと」韓国人ガイドが旅行者に説明しててびっくりした。
朝鮮半島がそれこそ何もかも南から北まで破壊されつくしたのは太平洋戦争後の朝鮮戦争で、朝鮮人同士が朝鮮半島を破壊したんですよ。その辺韓国人が知らなくて、朝鮮戦争より前の太平洋戦争で日本軍が破壊したことになってる。
そりゃこんな歴史認識じゃ日本とは価値観を共有できないというものでしょう。

2014年9月 3日 (水)

歴史の森の影法師

歴史の森の影法師:井沢 元彦

これはいろいろな雑誌等に掲載されたエッセイ的なものを一冊の本にまとめたものであります。
ですから一つの話は短編で完結してるので、すぐに読めます

逆説の日本史等井沢先生の著作を読んだことのある人なら解るでしょうが、それらの著作でもよく出てくる井沢先生の歴史に関する意見が何度も出てきます。

僕は井沢先生の歴史の見方は解りやすいし、結構納得できる気がする。
とくに日本人の怨霊信仰や日本人の宗教観、和の精神等は現在日本で起こるいろんな現象を分析するときにも使えると思いますね。

あと小説家として歴史を語るので、歴史学界からは徹底的に無視されるようなつらい事がご自身にはあったりするんでしょうね。
歴史学界に対する批判と、日本の教育界に対する批判もよく出てきます。

元マスコミ人であったことも関係するのか、言葉狩りも批判の対象です。
僕も言葉狩りはほんとに気になるところです。
言葉狩りは”言霊信仰”によりますね。
その言葉を発すると現実になる、また反対にその言葉を使わなければその現象が無くなる、と思い込む思想です。

いまもマスコミの使う言葉でどんどん変な方向に行ってるような気がしますね。
気になる言葉としては「女優」が無くなって女の人も「俳優」と言ったり、「看護婦」という仕事が無くなり「看護師」という仕事になったりですね。
僕としてはすごく違和感がある。

井沢先生にはこれからも斬新な切り口で歴史の謎に切りこんでもらいたい。そして歴史だけでなく、現代社会の問題についても怨霊信仰や和の精神などから批評を発表してほしいですね。

2014年8月27日 (水)

ひと目でわかる「日韓併合」時代の真実

ひと目でわかる「日韓併合」時代の真実:水間 政憲

2013年に出た本ですね。第2次大戦での敗戦から数十年にわたって日本は戦争責任について責められ、そして日本はそれについて強く反論せず今まで反省をしてきたと思います。

そしてとくに中国韓国からの執拗なまでの日本批判についても、いままでじっと耐えてきていました。

近代史における日本の立場や日本が行った外交政策、経済行動についての事実に基づく発言さえ否定され、激しく非難される時代が今も続いています。

しかし戦後教育で教わらなかった近代日本のやってきたことを個人的に勉強し、日本のしてきたことをちゃんと評価しようという動きが最近大きくなってきてるように思いますね。

そのような日本の雰囲気に答えるのがこの本ということでしょう。

本の構成は、おもに日韓併合時代の朝鮮半島の様子を当時の写真と新聞記事で紹介してあります。
まさに当時を知るための1次資料を紹介してくれています。

ちょこちょこと朝鮮半島のことも調べていて、日本からの投資の金額的なものが当時の日本の予算からして莫大であったというのは知っていましたが、その成果を写真で朝鮮半島の様子を見ると、それがいかにすごかったかが画像で確認できてすごく解りやすいです。

とくに建築物は日本よりも朝鮮半島に建てた物の方が立派なのではないかと思えますね。
日本が朝鮮半島を統治する為にまず行った教育、そしてその教育のための小学校の建物が日本の小学校よりもはるかに立派な西洋建築で驚きました。
日本の昭和の初めの小学校は木造のものがほとんどだったのではないでしょうか。

教育は内容もそうですね、日本語を強制するのではなく、当時見向きもされてなかったハングル文字を体系的に整えてハングルで教育している。
そして奴隷階層だった人はより日本人に近づくために、創氏改名をもとめ日本人になろうとしたのです。

インフラもそうですね。鉄道、道路、ダム、化学や重工業の工場、どれを挙げてもいかに日本が朝鮮半島を良くしようと思っていたかが伝わってきます。
そして今の朝鮮半島に残る鉄道や道路は当時の日本が敷いたものがベースになっているというのは否定できないでしょう。

ほとんど写真を大きく載せて、それに説明文をつけるという形なので、読む本というより、見る本です。
すごく解りやすいのでお勧めですね。

2014年8月25日 (月)

韓国人に不都合な半島の歴史

韓国人に不都合な半島の歴史:拳骨 拓史

いわゆる最近はやりの嫌韓本のジャンルには入らないんだと思いますが、東洋史学の先生が歴史の事実関係を検証しながら日韓関係を見ていきます。

日本の報道は韓国側からの見方を流してるように見えるんですね、日本はそれに対してどうするのか、やはり日本人一人ひとりが日韓の歴史をもう一度見直して勉強して今の日韓関係を冷静になって考えないといけません。

日本の歴史の教育は近代史は少な目だし、戦後については、いわゆる自虐史観といわれる”何でも日本が悪い”的な話ばかりで、みんなもそれを信じ込まされてきたように思う。

とくに日韓関係は一方的に日本が悪者ですね

日韓関係の真実を言ったら政治家も失脚してしまうようなバカげたことになっていました。

日本の韓国併合は植民地ではなくて、日本からの投資はすごいのです。
それに、数百年続いた朝鮮のヤンバンの支配体制と奴隷という構図は、日本という外圧が無ければ朝鮮人自身では打破できなかったんではないかと思いますね。

漢江の奇跡といわれる韓国の急成長は、日韓基本条約による日本の資金で達成されたことは今や日本人は多くの人が知るところですが、韓国人の方はほとんどこの事実を知らないようですね。

李氏朝鮮での奴隷解放や、日韓基本条約での韓国の奇跡での朝鮮半島の近代化における日本の果たした役割はもっと正確に評価されるべきだと思います。

古代史の部分は現存する資料が少ない、しかも朝鮮半島にはほとんどないので、中国の歴史書や日本の古文書なんかから読み解いていかないといけない難しさがありますが、拳骨先生によると古墳時代から文化的には朝鮮半島よりも日本列島の方が進んでいたということのようですね。
古代史は好きなので結構調べてるつもりですが、日本が半島より進むのは飛鳥時代くらいかなと思っていましたので、もうちょっと古代の朝鮮半島と日本の関係も勉強しないとだめですね。

最後の方に「怨親平等の精神」というので、古来日本は戦争の後、敵方の人たちも弔うのだと説明されていますが、ここは僕の意見はちょっと違う。
逆説の日本史の井沢先生の受け売りですが、日本は基本的に「怨霊信仰」だと思います。敵方の将兵を弔うのも「怨霊信仰」で考える方がすっきりする。
日本にはいい死に方をしなかった人ほど”怨霊”になる可能性があるので、ひどければひどい死に方ほど手厚く弔わなければいけないんですね。

すごく解りやすく読みやすく書いてある本なので、日韓関係を勉強するには良いのではないでしょうか。

2014年8月16日 (土)

よみがえる縄文の女神

よみがえる縄文の女神:渡辺誠

考古学専門の先生が縄文時代の世界を精神面も考えながら紹介してくれます。

素人向けに優しい言葉で書かれていて読みやすくなってます。けど逆にいろいろな説明が具体的でないと感じるところがあって解りにくい気がした。

古代史でもとくに縄文時代という16000年前から3000年くらい前とかなり古い時代のことなので、当然文献も無いので発掘された遺物の使い道も想像で行うしかない。
ましてや縄文人の生活や精神世界のことなどまったくの想像で描くしかないですね。
そうすると断定的に書かれてるとなんか違和感を感じるし、あんまりぼかして書いてあると解りにくいしと、難しいですね。

縄文時代の遺跡は東日本に比較的多いですが、日本列島全体にあるし、時代の幅が13000年とものすごく広いので、縄文時代の土器や土偶、貝塚等の遺物から似たような物をひとくくりに同じような解釈を取るのはちょっと無理があるのではないかなと思ったりすることがありますね。

土器やら貝殻の装飾品、翡翠製品等の移動から、広い範囲での交流が考えられるけど、当時の人口分布とか地域差とか交流頻度などがどうなのかすごく気になる。
そして交流は結構あったとはいえ、それぞれの地域で個性的な独自な文化があったのではないかと思うのですがどでしょうか。
そういう意味で、土偶などの使い方等で縄文時代のひとくくりにするよりも地域差があったかもしれないと思いたい。

この本で渡辺先生も言っておられますが、現在の日本人の文化の中に、縄文時代から続いてると思われる物がたくさんありそうです。
そしてそういうことから、日本人のルーツを古事記、日本書紀に求めるより、それ以前の縄文から考えなければいけないというのは、まったくその通りだと思います。

2014年8月12日 (火)

日本史の謎は「地形」で解ける:文明文化編

日本史の謎は「地形」で解ける 文明・文化編

竹村公太郎

竹村氏は建設省で土木を専門にされていた方で、歴史家ではないです。しかしそういう人だからこそ、歴史の常識にとらわれない視点で分析することができるのだと思いますね。

歴史上のどんなことを地形から考察したかをまずは目次のタイトルで紹介しましょう。

☆なぜ日本は欧米列国の植民地にならなかったか

☆日本人の平均寿命をV字回復させたのは誰か

☆なぜ家康は「利根川」を東に曲げたか

☆なぜ江戸は世界最大の都市になれたか

☆貧しい横浜がなぜ、近代日本の表玄関になれたか

☆「弥生時代」のない北海道でいかにして稲作が可能になったか

☆上野の西郷隆盛像はなぜ「あの場所」に建てられたか

☆信長が天下統一目前までいけた本当の理由とは何か

☆「小型化」が日本人の得意技になったのはなぜか

☆日本の将棋はなぜ「持駒」を使えるようになったか

☆なぜ日本の国旗は「太陽」の図柄になったか

☆なぜ日本人は「もったいない」と思うか

☆日本文明は生き残れるか

☆ピラミッドはなぜ建設されたか

上のような歴史上の出来事を地形や気象条件などの方面から検討をしていきます。
歴史のなぜのいろいろある理由の一つに地形が大きく関係している、ということですね。地形だけがその理由ではないと思いますが、地形を見ればその必然性が解ってくるということでしょうか。

非常に読みやすい面白い本だと思います。そして納得がいきます。

いくつか簡単に紹介してみましょうか。

欧米列国の植民地にならなった理由を一言でいうと、「日本には搾取する物が何も無かった」ということですね。それとちょうど開国を迫って日本に来ていた時期に、欧米人が恐れる地震が頻発していたというのも理由に挙げておられます。
植民地化するのに利益が上がりそうになければ無理に植民地化はしないと思われますね、それに地震が絡むというのは面白いですね。
しかし僕的には植民地にならなかったのは、江戸後期の日本人が独自の文化で発展していて日本の将来を真剣に考えそれに立ち向かうことができるだけの実力をすでに備えていた、ということが大きかったのではないかと思いたいですね。

利根川と江戸の発展は、徳川家康の地形を読む能力が優れていたということなんですね。
徳川家康のやったことについてはあまり知らないのですが、頻繁に鷹狩りに出かけていた、その理由というのが、諸国の地形調査だという見方です。
そして天下統一後の燃料問題を解決できるのが森林を背後にもつ江戸であったと。
そして利根川を東に振って川を千葉側に流したのは、東北方面からの軍事的脅威を自然の川を掘り代わりにするということで利用した。
川を曲げた理由はほかにもあるのでしょうが、軍事的な観点から理にかなってるなと思いました。

信長の天下統一についてはこの本の中でちょっと趣が違っていたように感じましたね。信長については地形というより、信長自身の弱者の工夫、敗戦から教訓を得る、というような感じでしたね。

小型化と将棋の持駒は関連しています。日本人は古来から移動は自らの足で歩いて全国を回っていました。
日本以外の国では早くから移動には馬や牛やラクダとなどの動物を使っていたのとは大違いですね。
これも日本が山ばかりだという地形が大いに関係ある。
そして自分の足で移動するということは、荷物も自分で持ち歩かなければならない。そうすると、携行品はできるだけ小さく軽い方がいいということになる。
そこで日本人は何でもかんでも小さくすることにこだわったんですね。
チェスと同じ系列の遊びである将棋の駒が小さくなるのも、旅で持ち歩くのに便利なように小さくなる。そして旅の道中で将棋を指すと、早く決着をつけるために持駒を使うようになったのではないか、ということですね。これもそのような気がしますね。そういう単純なことが理由になることの方が多いでしょうからね。

ピラミッドについては、お墓ではないというのは以前に読んだ本から知っていましたが、では何なのか?というのは今まで見たことが無かった。
ピラミッドはあの大きい四角錐のしか知りませんでしたが、あれ以外にもいろんな形の物がたくさんあるんですね。
そしてこれは竹村先生の本職の治水から謎を解くことができる。
ピラミッドは川の西側の左岸に設置されている、これは川の氾濫を押さえて流れを制御する「からみ」という物の役目をしてるのだと。
しかしあの有名な四角錐のピラミッドは高台にあって「からみ」ではない。
これはナイル河口の広大なデルタで作業をするための灯台の役目をしていると。これらの見解でエジプトの学者さんを初めてピラミッドの建設の合理的な説明だと納得させたのはすごいですね。

歴史学以外の視点からの歴史本はトンデモ本もありますが、常識にとらわれないのがいいですね、しかも納得がいくことがある。

2014年7月20日 (日)

縄文の豊かさと限界

縄文の豊かさと限界:今村 啓爾

遙かなる海上の道:小田 静夫

縄文人に学ぶ:上田 篤

勾玉の事を調べようとおもって縄文時代の関係の本を続けて読んでみました。。

縄文時代の研究もだいぶ進んでるのでしょうけど、やはり遺跡自体が地中深くなるし、遺跡の存在自体が少ないと思われるので、それに古すぎてデータを憶測していくしかないようで、本の厚みも薄めですね。

いろんな人が言ってますが、日本人の文化や精神世界の根底位の部分を形成するところに、縄文時代からの日本列島人の生活がかなり残っているのではないかというのは僕もそう思います。

「縄文の豊かさと限界」の中で、縄文時代は安定した定住生活で継続的に順調に発展したのではなく、縄文前期の末約5000年前に人口減少があったとあります。
そしてその原因は何らかの食糧事情ということではっきりとは書いてない。

「遙かなる海上の道」は南方からの黒潮に乗って古代人が広く交流していた、ということ書いてあります。
南方の沖縄方面から九州のことを多く扱ってるのですが、そこでとくに注目してるのが火山の噴火ですね。
その火山噴火とは、約7000年~6500年前の鬼界カルデラの巨大噴火ですね。

縄文時代の中でこの鬼界カルデラの火山灰が時代を計る一つの基準になってるんですね。

上で紹介した縄文前期末の人口減少は、この鬼界カルデラ火山爆発が大きく関係してるんではないかと想像しますね。
火山灰が直接降り積もることで住む場所や食料の植物が無くなったり、それを食べる動物もいなくなるという影響ももちろんですが、火山灰が上空にとどまることで日照が無くなり植物の生育が悪くなるというのは影響が長期になりますからね。

古代人が、フィリピン~台湾~沖縄~九州の海の道を行っていたというのもすごいことですが、東京の南、伊豆諸島~小笠原諸島の海上交通を行き来していたというのはすごいですね。
前回に書きましたが、縄文人も道具に対してのこだわりはすごかったらしく、伊豆諸島の神津島の黒曜石を海を越えて求めていたというのも面白いですね。

「縄文時に学ぶ」の上田先生は建築関係の官僚出身で、古代史・歴史の専門家ではありませんね。そういうことで現代文化に残る縄文時代の面影を、自由に語っていらっしゃいます。
今に残るものと縄文文化をいろいろと結び付けて語られるわけですが、話がいろんなところに飛び過ぎてちょっとわかりにくいかな。
突然聖徳太子の「和をもって貴しとなす」の言葉を紹介されるけど、その2行ほどで終わったり。古事記の神話と絡めたりというのも、先生の広い知識の中でいろいろ結びつくのでしょうが、広がり過ぎで一つ一つの説明が薄くなってわかりにくかった。
まあ新書なんで縄文文化の側面を読む感じでいいかな。

2014年6月30日 (月)

【シルミド】「実尾島事件」の真実

シルミド 「実尾島事件の真実」:城内 康伸

先日「シルミド」の映画を見て調べてたら、この話は実話をもとにしていて、このシルミド事件を調べて書いた日本人の本が出ていてので読んでみました。

映画は時間的な制約もあるし、話をわかりやすくする為の演出や脚本の構成になっているんですが、それでも結構面白くできていました。
その話の元となる事件、「実尾島事件」は映画より凄まじいですよ。
まさに現実は小説より奇なりです。

事件は1971年8月、22人の武装集団がバスを乗っ取り、青瓦台へ向かう途中、ソウル中心地近くで自爆。民間人6人、警察2人、武装集団18人が死亡。4人が生け捕りというものです。

最近の韓国の事件後の対応を見てても、発表が正確ではなくてぐだぐだになることが多いですが、この時も想像すらできない事態なので、当然現場から政府まで大混乱だったようです。
まさか自軍の秘密部隊が武装してバスジャックなどするなんて思いもよらないので発生当初は仕方ないでしょうね。

しかし、真実を明らかにするのは、当時は軍事独裁政権の韓国政府としてはなかなか難しい事だったのでしょう。結果的には現在までも実尾島事件の資料は公開されてないようです。

映画でも部隊創設から強烈に厳しい訓練、北侵入作戦の中止、部隊のどうすることもできない処遇、その後の規律の乱れ等は描かれていたんですが、この本でその間の実情を当時の教官や隣島の住民などの証言で再現されてる内容は映画よりもすごいです。

訓練中の死亡事故の犠牲は7人。北侵入と金日成暗殺という作戦が事実上中止になってから、目的を失った部隊をどうするかというのは非常に難しい問題だったんでしょうね。しかし責任逃ればかりする政府が部隊の不満を知りながら問題の先送りをしてしまう。
映画では、特殊部隊のみんなは問題がありながらもわりと結束力があって、仲間意識もあったようだし、教官たちとも反発しながらもわかりあえる部分もあるような描き方だったけど、実際はそんなに甘いもんではなかったようです。

元々が厄介な特殊部隊で、当初の目的は3カ月とか6カ月で特殊部隊を仕上げるということだったようで、訓練は相当激しかったでしょうね。
そんな激しい訓練で出来上がった特殊部隊が3年もやることも、目的も無くだらだらと過ごしていく。
そうすると、士気は落ちて、教官の言うことも聞かなくなったようです。そしてそんな荒くれ部隊の教官が務める人間もいやになりつぎつぎ入れ替えがあったようです。
そして若造が教官としてくるけど、そんな教官は特殊部隊を抑えることはできない。

政府がこの部隊の処遇を決めれなかった原因の一つには、部隊の所属がはっきりしなかったというのが大きいですね。それに当時の治安組織KCIAが部隊を作ったという事情も余計に複雑にしている。

事態はどんどん悪い方へ事が運んでいきますね。

そしてついに大統領へ直訴に行く、という反乱を起こしてしまう。

特殊部隊の訓練地は仁川国際空港のすぐ側の無人島。まずここで教官たちをほぼ全滅にして島を出る。

それにしてもすごい事件ですね。

この本も読みやすいけど、映画は映像でわかりやすいので、見られるといいと思いますね。
最近も一人シルミド事件がありましたが。

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