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2016年4月 2日 (土)

宝塚最後の予科練 木下博民

宝塚最後の予科練 木下博民

    鳴門事件と少年兵

この木下氏の書かれた「宝塚最後の予科練」は前半は、形谷さんという練習生の一カ月ちょっとの日記をもとに宝塚海軍航空隊のことを検証し、後半は木下氏が鳴門事件生存訓練生を追いかけたり現地淡路島と鳴門を訪ねる構成となっています。

先日読んだ「宝塚海軍航空隊」のこともちょっと触れられていますが、氏はこの「宝塚海軍航空隊」は”小説”であり内容には作者のフィクションがほとんどで、作者が戦争のことを表現するための題材として宝塚海軍航空隊と鳴門事件を取り上げたのであるという見方のようです。
僕は歴史小説という風に思いましたが、この「宝塚最後の予科練」を読んだ後は、やっぱりフィクションの割合の方が若干多いのかなという感じもしました。

さて木下氏の「宝塚最後の予科練」は作者が小説家ではなくて元帝国陸軍の帰還兵で、戦後は大手企業で活躍されたビジネスマンということで、歴史的事実を丁寧に追っていこうという姿勢で書かれていますね。

日記というのはやはり、何月何日 ○○をした。○○だった。などとその日の出来事を断片的にしか書いてないものです。
その日記の記述をもとに当時の海軍の生活や予科練、宝塚海軍航空隊の状況を解説してくれてます。
木下氏は陸軍出身なので海軍との用語や部隊生活、上官との間柄の違いなども具体的に書いてありますね。

「鳴門事件」とは終戦直前の8月2日、宝塚海軍航空隊の少年兵を乗せた船が、鳴門から淡路に渡る途中でアメリカ軍一機の銃撃で壊滅状態になった事件です。

戦争はどの部分を見ていっても酷いものです。それでも氏はこの鳴門事件が戦争の悲惨さや、やるせなさを凝縮してるんではないかということで掘り下げて調べていくわけです。

まず、終戦まで二週間というところで犠牲になったということ。そして”海軍の飛行兵”として予科練に入ったのに、すでに乗るべき飛行機もなく土木作業のために淡路に向かっていた。そして移動のタイミングの悪さ。
戦争においてのどうすることもできない矛盾がいっぱい重なって起こった悲劇は本当に悲しい出来事ですね。

この終戦間際の鳴門での悲劇の出発地が宝塚ということがほんとに驚きでした。
宝塚歌劇は華やかな世界ですが終戦までの一年半ほどは基地として使われ、そこの訓練生が鳴門で悲劇的な死を迎えたことを忘れないようにしたいです。

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コメント

こんにちは

ご無沙汰をしております。

宝塚海軍最後の予科練の事を載せて頂き ありがとうございます。

彦左衛門さま
宝塚の歴史、いや日本の歴史で避けることのできない太平洋戦争のことは後世にも伝えていきたいですね。
しかし宝塚に海軍の航空隊の予科練があって、その練習生が終戦2週間前に砲台を作るために淡路島に向かってる途中の鳴門海峡で空襲に会うなんて、運命というものを考えさせられますね。
元宝塚歌劇団の知り合いに聞いたら、音楽学校では終戦前に海軍基地であったということは習うそうです。鳴門事件までは触れないようですが。

こんばんは

宝塚歌劇団の方が…
今の宝塚歌劇の前の蔦の絡まった劇場は戦時中には全面に黒くタールを塗られていたそうでした。

たしかに建物がねずみ色でしたね。
昭和初期は蔦が絡まっていませんでした。

川西航空(仁川競馬場)の空襲で爆撃から逃れたのは米軍が初めから目標から外していたと聞きました。
人の運命とは…

おはようございます。

少年達の墓石に記された出身地を見ていると北は樺太から日本全国さらに台湾などの地名が有りましたね。
この少年達の事を日本全国の方々に是非 知って頂きたいと願っております。
合掌

宝塚海軍航空隊では予科練の訓練生がいたわけですが、予科練生は海軍が優秀な人材を獲得するためにかなり若い学生を青田買いしていたのですね。
志願とはいえ今でいうと高校一年生くらいのまだまだ子供も訓練生になっているのは驚きです。
また出身地も日本内地でも全国から来てるし、内地だけではなく台湾からの予科練生もいたんですね。いろいろ考えさせられますね。
小学生の頃に競馬場の隣、今の新明和の工場では戦時中武器を作っていたという話は習いましたが、今考えると、当時の日本で戦争と関係ないものを探すほうが難しいのではないかと思いますね。

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