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2014年7月19日 (土)

【宝塚】たからづか歴史散歩:ガイドマップ④

たからづか歴史散歩:ガイドマップの第4弾になります。

ここでは57~最後の75までを紹介します。

地区的には西谷方面です。こちらは地図の縮小が上手くいかなかったのかすごく地図が小さくてわかりづらい。

西谷地区は市街地からは山を越えていかないとだめなのでなかなか行けないです。山本から長尾山トンネルを抜けて行ってます。生瀬橋か御殿山~北高を抜けて十万辻のコースはだらだら登りが続くのでしんどいです。自転車の場合ですね!

たからづか歴史散歩:①
たからづか歴史散歩:②
たからづか歴史散歩:③
たからづか歴史散歩:街道・道標

改訂版が出てます。変更箇所はこちらにアップしてます。

歴史散歩マップ にポイントを落としましたこちら からどうぞ。
道標・街道マップ も作りました。
マップの街道筋は、今も道路が残ってるところもありますが、道筋が変っていたり道が無い部分等は想像で線をひいてる部分もありますので、参考までにしていただければと思います。

57・ダリア園【I-6】
宝塚市北部の上佐曽利では、市街地より少し気温が低く、ダリア栽培に適した気候で、昭和5年より農業の副業として生産が始まりました。6月から11月にかけてはダリアの花摘みを楽しむことができます。
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上佐曽利あたりの花畑です。このあたりがダリア園になるのでしょうか。ちょっとわかりにくいですが花が咲いていたので撮ってみました。

58・三蔵山【I-6】
猪名川町との境界になる三蔵山の山頂には、戦国時代に佐曽利筑前の守が築いたとされる三蔵山城(佐曽利城)跡があります。佐曽利氏は初め織田信長方と対立しましたが、和議の末、信長方に組し、江戸時代には豊後(大分県)竹田に移封されています。
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これが三蔵山ですね。まだ登ってませんが三蔵山を確認しました。次は山頂の城跡の確認ですね。
登山道の入り口は北側を通る猪名川に抜ける道からのようです。

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これはすぐ西側の今井岳でしたね。

59・長谷素盞嗚神社【I-6】
本殿の前にある長床(舞台)の床下をくぐって参拝するという変わった形式の参道になっており、本殿は三間社切妻造、江戸時代初期のもので兵庫県指定の文化財。西側に接する普光寺の境内には、観応元年(1350)建立の宝篋印塔があります。
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鳥居と舞台です。ここに立った時に、階段と入り口の天井の高さがやたら低いなとおもったら、ガイドブックにちゃんと”舞台をくぐる”と説明がありましたね。

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くぐると神社が出てきます。見るからに古そうな神社です。
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保護のための覆い屋が作られてますね。

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これが鳥居の次にくぐる舞台です。 車で見えないけど、床下から出てくる感じになる。

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すぐ横にある宝篋印塔。銘は読めなかった。

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登り口の普光寺の山門には巨大なわらじがありました。

60・牡丹園【I-6】
宝塚の牡丹栽培の歴史は古く、有名な福島県那賀川や島根県大根島の牡丹なども宝塚から出荷されました。この牡丹園では、北海道から九州まで全国の出荷先から宝塚に里帰りした牡丹を見ることができます。
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素盞嗚神社のすぐ下にありました。
たまたま行ったら長谷牡丹園まつりの時期でした。入り口で300円入りますよ。
近くに臨時駐車場がありましたが、そちらは無料で止めせてもらえます。長谷はながたにと読みます。

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牡丹園も下の方から撮りました。ちょっとさみしい感じです。
もっと所狭しといっぱい花があるのかと思ったらそうでもなかった。
 

61・妙見山【I-6】
長い階段の参道を上ると妙見山神社があります。妙見信仰は北極星・北斗七星を神格化したもので、国土を守護し災厄を除き人の福寿を増益するといわれます。また、道教の鎮宅霊符神と習合して、五穀豊穣や商売の神としても信仰を集めています。
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この急な階段を上ると上に妙見山神社があります。

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妙見山神社。

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ここが妙見山への入り口。この農道の奥をずんずん行くと階段がありました。
場所は長谷牡丹園の道路を挟んだ向かい側あたりです。

62・旧東家住宅【I-6】
江戸時代中期に建てられた西谷地域の典型的な農家で、市立少年自然の家の中に移築して歴史民俗資料館として公開しています。屋根は茅葺きで、土間があり、部屋の中には囲炉裏が切られています。内部には昔の農具や民具を展示しています。

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この建物は宝塚自然の家の敷地の中にあります。ここは今回訪れたのではないですが、去年、地図(マップル)に歴史民族資料館と表示があるので何かな?と探しに行った時の物です。
江戸時代の農家をここに移築してあります。

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再び訪問。今度は事務所に声をかけて見学をお願いしたら、引き戸をあけて中に入れるとのこと。
中に入り自分で電気をつけて見学することができました。中には当時の生活道具がそのまま残してあり、いちおう民俗資料館的になってました。

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自然の家入り口。入場無料、アスレチックも無料!夏休み最後の日曜日でしたので、小さいお子さん連れが結構来てました。
宝塚自然の家も建物老朽化で休館になるようですね。残念です。

63・松尾湿原【I-6】
少年自然の家の敷地内にある湿原で、宝塚市指定の天然記念物。この湿原は、沖積土の不透水層上に発達した谷湿原で、オオミズゴケ、サワヒヨドリ、サワギキョウ、カキランなどが生育しています。近年、乾燥化などにより衰退していましたが、復元のための作業が行われています。
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やっと行って来た。
自然の家の施設内になります。広場の先にありました。
事務所で松尾湿原の資料もコピーいただきました。

64・大日堂【I-6】
西谷中学校の校庭の北側に大日堂と呼ばれるお堂があります。このご本尊の大日如来坐像は寄木造という技法で作られ、全体に漆箔が施されています。鎌倉時代のものと考えられ、市指定の文化財になっています。
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この大日堂は”西谷中学校の校庭の北側”と書いてあるので、てっきり西谷中学校の校庭の中にあるものだと思って校庭の北側道路から校庭の中を見てみたけど、何度見ても解らなかった。それもそのはず、校庭の中の北側ではなくて中学校の敷地の外の北側なんですね~先生に聞いてやっとわかった。
また行かなければ。

ということでやっと行って来た。西谷中学の北側の道からさらに細い登り坂を上がった所にありました。

65・阿弥陀石龕【I-6】
鎌倉時代後期頃作られたもので、奥壁の正面上方に阿弥陀如来を彫り、その下方の左右に合掌する男女の坐像を彫っています。男女像の頭上には「桂妙」「覚圓」と刻まれており、親の供養のために子供が立てたものと思われます。

これもかなり探しました!西谷中の横の阿弥陀寺にあると思ってたのに無い!そこで西谷中の周辺をくるくる回ったけどついに発見できなかった・・・
直宮先生に聞いたところ、阿弥陀寺にはなくてその近所の民家のところにあるそうです、再度チャレンジか。

これは見つけることが出来なかった・・・再々チャレンジだな。

66・自然休養村【I-7】
西谷地区全域の約45㎢は自然とのふれあいの場として、自然休養村に指定されています。ダリアの花摘みや栗拾い、芋掘り、イチゴ狩り、山菜取り、釣りなど、四季を通じて楽しめる所で、バードウォッチングや森林浴、ハイキングもできます。

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ガイドマップではダリア園の畑が紹介されてますが、畑は探さなかったです。
たまたま向かいのふれあいプラザで休憩して看板の地図を見たら向かいに自然休養村の建物があったのでそちらの写真です。この建物が旧の西谷庁舎か?自然休養村とは西谷全域のことなんですね。西谷で自然に触れて遊びましょう、ということですね

67・大原野素盞嗚命神社【I-7】
大原野にある市役所の西谷サービスステーションの裏手には、鬱蒼たる社叢にかこまれた素盞嗚命神社があります。社叢はヒノキ‐モミ群落など3群で構成され、この社叢の中には樹齢400年を越える杉の巨木が2本あり、根廻りは7mにもなります。

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休養村の横の道を行けばあります。
勉強不足ですみませんが、僕のイメージでは神社仏閣は南向きに建てられてることが多いのですが、この神社は西向きですね。ついた瞬間違和感がありました。
中に入ると、この神社は三社がまとめられた神社だそうです。もうちょっと詳しく見てくれば良かったのですが次に向った。

68・宝山寺【I-6】
十一面観音を本尊とする宝山寺には、疫病よけとしてお盆に行われる「ケトロン」という民俗行事があり、8月14日の夜、本尊へ献ずる燈籠を先頭に、ヒュー・ケー・トンの音頭で始まり、山門・参道・本堂前で念仏を唱えます。「ケトロン」という名称は念仏衆の持つ鉦や太鼓の音に由来します。

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このお寺も古そうでした。この山門から急な階段が続いてます。
千刈水源地に抜ける抜け道からちょっと入る。

69・波豆八幡神社【I-6】
千刈水源地の北岸に誉田別尊(応神天皇)を祭神とする波豆八幡神社があります。源満仲の弟満政の創建と伝えられ、現在の本殿は応永10年(1403)に建てられたもので国の重要文化財。水源地に面して立つ石鳥居は応永32年(1425)のもので、三田市の酒垂神社にも同材、同形式のものがあります。

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波豆八幡神社(はずはちまんじんじゃ)
ガイドマップの写真はこの古いお堂を守るように建てられてる覆い屋を撮ってありますね。
千刈水源地の横を通る道沿いにあります。道沿いの鳥居から池の方に下りて行くと古い鳥居があり、そこを上れば神社があります。
その昔小学校の時に遠足か自然学校の時かにここに来たことがありましたが、30数年ぶりに来ました。うちの子供は行ってないようなので最近は行かないようですね。
ほとんどここを訪れる人がない様子は行けば分ります。神社に続く道にこけが生えてて、誰も踏んだ様子がなかった。

70・波豆石造美術群【H-6】
八幡神社の境内のに西端に石造美術品の一群があります。これらは境内東側の斜面にあった金福寺に立っていたものですが、水源地を造る時に水没することからここに移されました。中央の板碑は高さ約4m、全国で2番目の大きさで、左右にある五輪塔・宝篋印塔とともに兵庫県指定の文化財になっています。

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波豆八幡神社の横の土地に柵に囲まれて石造物が置いてありました。
この4メートルの石碑を中心に石造物が置いてあります。

71・波豆地蔵石龕【H-6】
羽束川にかかる橋のたもとに、将棋の駒形に加工された石に刻まれたお地蔵様がひっそりと置かれています。輪郭の部分に応永二十四年(1417)と彫られており、室町時代に作られたもの。板石で作られた厨子も造立当時のものです。

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八幡神社から三田方面に行ったら橋があり、そこの手前にありました。
結構山奥に感じますが、昔からそこそこの数の人が住んでいたのでしょうね。まぁ長尾山さえ越えてしまえば西谷地区自体は盆地状に平坦な土地が開けてますからね。

72・千刈水源地【I-7】
桜の名所で知られる千刈水源地は、神戸市の上水道に水を供給するため、昭和初期に波豆川と羽束川を堰き止めて造られました。ダムの高さは42m、長さ106m、池の周囲は23kmにもなります。

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神戸の水源ですね。バス釣りでも人気があると聞いてましたが、一組だけ見かけました。

73・普明寺【H-7】
三田に向う県道から千刈水源地に架かる橋を渡ると普明寺があります。源満仲にまつわる龍馬神の雨乞い伝説が伝わるお寺です。墓地に残る石造の宝篋印塔や笠塔婆のほか、持国天など四天王を描いた木製の厨子扉絵が県や市の指定文化財になっています。
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波豆神社から石龕に行く途中に普明寺橋があるのでそれを渡ります。神社の向かいとあるのですぐ解るだろうと思ったらちょっと迷った・・・
一本道なんですが、湖岸にあるとおもって左側を見つつ進むと・・・・行き止まり!?
まさかの迷子・・・しょうがないので引き返すと、山側にこの石碑と急な上り坂が!
先で分かれ道になってますが、右の車用の急坂はまじ激坂です!左の道はおそらく昔の道で参道でお寺に登る急階段に出るのだと思う。どっちでも行けるはず。
最近チャレンジしようかと思ってる摂津の国三十三か所のお寺でもあるんですね。三十三か所巡りのためにまたここまで来るのはかなり大変やな~もうクリアしたことにしたい(笑)

74・武田尾温泉【I-8】
江戸時代に豊臣方の落武者であった武田尾直蔵が発見したと伝えられています。宝塚駅からJRでわずか10数分ですが、武庫川の渓谷美や四季折々の自然の美しさ、山菜料理やボタン鍋など魅力にあふれています。
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武田尾温泉入口

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駅の鉄橋付近.駅を越えて小さいトンネルを越えると武田尾橋があります。

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駅から徒歩で武田尾温泉に行くにはこの橋を渡ります。

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橋を渡らずにまっすぐ行くと別館あざれと足湯の看板があり、足湯の方へ行くと松の木にかこまれた小屋が見えます。

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足湯

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ハイキングの疲れを癒すおっさんの足。

やっとサイクリングがてら入り口まで行ってきました。途中、新名神高速道路の工事現場がすごい景色ですよ。
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ここまでいってやっと下の桜の園がどのあたりにあるか判明した!
つくづくこの歴史マップはよくできてると思いましたね。
桜の園へ行こうと思うと必然的にJRの廃線跡をハイキングすることになる!
この辺りのハイキングコースとしてはよく取り上げられてますよね。
自分はまだ行ったことが無いのでこれを機会に行ってみようと思います。

ということで、廃線ハイキングにも初めて行って来た。せっかくなのでここで生瀬~武田尾ハイキングコースを紹介します。

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JRの生瀬駅を降りると美女がお出迎え・・・はないです。
駅を出て右へさっさと向かいましょう。

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駅を出て右へ進んでトンネルをくぐるとすぐにR176に出ます。
R176に出て左折、三田方面へ歩道を進みます。

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中国道をくぐり

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信号のある交差点まで来ます。ハイキングコースを紹介されてる記事では、この手前中国道を越えたところで道を渡り民家の間を行く方を紹介されてますね。
今回は遠足で経験済みの子供に案内役をお願いしたので、さすが遠足はちゃんと信号を渡るルートのようです。
真ん中のフェンスが切れてる細い道を入っていきます。

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すると手前の道から来たルートと合流します。

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先の急な坂を下ると川沿いに出ます。

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上の坂を降りたところから左に曲がるといよいよ廃線に入っていきます。

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警告を読んで同意して進みましょう。

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ここから廃線始まりですね。廃線なので平坦でわりと歩きやすいです。

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川沿いを行くといくつかトンネルをくぐります。

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トンネルの中は照明が無く真っ暗なので懐中電灯は絶対に必要です。

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山の景色や

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武庫川の渓流の景色を楽しめます。

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鉄橋は閉鎖されてますが

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横のサービスロードを行きます。

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武庫川を渡ります。

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8月の大雨で土砂崩れがおきてました。
ここは注意して越えましょう。
この先に下の桜の園がありました。

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トンネルと鉄橋の上にある武田尾温泉から帰りましょう。
廃線跡のハイキングコースは2016年にJRと西宮市で話がついて、ハイキングコースとして整備されることになったようです。そのため一時的に通行禁止になります。

75・桜の園【I-8】
水上勉の小説「櫻守」のモデルとなった笹部新太郎氏が、明治45年以降、桜の品種保存や接木などの研究を行った演習林です。当時は山桜など30種、5000本以上が植えられ、研究室と宿泊所を兼ねた小屋は「亦楽山荘」と呼ばれていました。現在、自然公園として手軽なハイキングコースにもなっています。
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上の廃線ハイキングコースの途中に桜の園があります。

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桜の園も周回できるハイキングコースとして整備されています。
せっかくなので廻ってみました。

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このような案内看板があるので解りやすいです。
今回は反時計回りで廻りました。入り口を上ってもみじの道の方へいきます。

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このような山道になります。

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小さな川を渡る

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途中休憩用の小屋があった。

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桜の道に入り入り口近くはこのように桜の木がたくさんありました。

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