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2014年6月24日 (火)

「道具と人類史」戸沢充則

道具と人類史:戸沢充則

1章は「道具のルーツ」2章は「縄文土器の世界」です。

1章の「道具のルーツ」はNECさんの機関誌に連載されていたものを一般書籍向けに出したものです。

戸沢先生が旧石器時代から縄文時代の専門のようなので、人類が初めて道具として使った石器から、縄文土器までを紹介してありますね。

人が動物と違う、その大きなところは、道具を使うかどうか、ということなんですね。そして人類が初めて使った道具というのは獲物をとらえるための石器だったのですね。

一口に石器と言っても、古代人にとっても石ならなんでもいいというわけでは無かったようですね。
たとえばナイフの刃のように先端が薄く鋭くなる石は黒曜石で、その黒曜石を求めて長野県の古代人は山を開発し掘り進めて石器作りをしていたんですね。まさに世界初の鉱山です。そしてその長野産の黒曜石が関東一円に流通しているということは、古代人も道具の素材に対してこだわりがり長野県産の黒曜石を求めたんですね。

土器に関しては、日本が世界でも一番古い段階から制作しているんですね。
土器つくりの技術がどこから来たのか、縄文土器は日本列島で開発されたのかまだはっきりしないようですが、僕は日本列島で独自に土器作りが始まったと思いたいですね。
そしていままであまり意識してなかったんですが、土器を作るためには”火”が必ず要りますね。

良く考えれば、最初はどのようにして火を利用することを思いついたんでしょうね。この本では、自然におこる山火事等で火の存在自体は古代人も知っていたであろうということですね、なるほどです。
しかし自然の火事と、人が欲しい時に火をおこすようになるまでには相当な時間があったんじゃないかと思いますね。

また、火をおこせるようになったとしても、今のように簡単ではなかったでしょうから、種火をどこかで置いておくというようなこともしてたんでしょうかね。

そして骨角器が紹介されています。食料としての動物を食べ終わってから、その骨や角をよく利用したのですね。石よりも加工しやすく、釣り針に加工された骨角器が結構出土してるようです。

考古学は当然出土遺物から古代を考えるという学問なので、出てくる石器、土器、骨角器を主に扱うことになるんですね。そして出てこない物は想像するしかない。
というのは、日本列島では当然に古代人が普段使っていたであろう木製の道具たち、これはよっぽど条件がそろわないと今に残らないので、出てこないんですね。木のつるで編んだかごなんかが出てきたりしてますが、まれな例ですね。僕だけではなくて多くの人も古代人が木で作ったいろいろなものを使っていたと思ってるんではないでしょうか。
古代人の木の道具や食器類がどんな物だったのかわかる時が来たらいいですね。

次に、縄文土器ですね。
土器の研究は専門家の先生によって、相当細かく分類されて、系統つけがなされてるようですね。○○系土器という形で紹介されますが、たまにしか土器を見ない素人にはいつまで経っても違いは判らないです。

縄文土器といえば”火焔土器”といわれる、複雑な装飾がついた土器が有名ですね。長野では”水煙土器”というのがあるようです。
どちらにしても、これらの装飾付き土器の芸術性はすごいと思いますね。
あの形からしてあまり実用的には見えないんですが、どういう風に使ったんですかね。

博物館で見たことがありますが、縄文人のセンスはすごいと思いますね。
それは土器の口縁部の盛り上がってる装飾が”7つ”のものがあるんですよ、5この物や3個の物もある。3、5はまだ割り切れるから解るんだど、”7”は割り切れないんでどうしてもバランスが悪いんですよ。6でも8でもない”7”は見てるとなんか違和感があるんで気付きます、だけど絶妙にバランスが取れてるように見える、これがなんかすごいと思う。

先日岩手の縄文でもたくさん紹介されていた”香炉型土器”は”吊手土器”ともいうそうです。
岩手の香炉型土器は飾りがついてましたが、長野の吊手土器は装飾はあまりないすっきりしたデザインで、出土例も集落に一つ程度と少ないようです。
そして、岩手の香炉型土器は中で物を燃やした痕はは無い様な説明で、使途不明となってましたが、長野の吊手土器は底面に油の痕のような物があり、吊手にも煤で黒くなった痕があるようです。そして、用途としては、動物の脂を燃やしたランプのような使い方を想定されています。
岩手では使途不明でしたが、やはり香炉型土器も中で火を焚いていたんではないでしょうかね、その方が自然なような気がします。
これに火を絶やすことなく点けておくと種火にもなったのではないかな。

長野出身の先生なので、長野の遺跡や遺物からの記述が多かったですね。
縄文時代は西日本よりも東日本や東北地方が元気があるのですかね。

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