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2014年6月22日 (日)

縄文!岩手10000年のたび

大坂府立弥生文化博物館の春季特別展に行ってきました。

まず縄文時代は、約15000年前から約2500年前くらいの時期に当ります。
旧石器時代の後土器が作られるようになった時期から、稲作が始まる弥生時代の前までです。
縄文時代は期間が長いので、草創期ー早期ー前期―中期ー後期ー晩期の6期に分けています。

縄文土器は世界でも一番古い時期の土器ですね。
展示されていた出土遺物はやはり土器と石器がほとんどでした。
しかし土器といってもいろんな形のものがありますね。

縄文土器の形で有名なのは、模様や装飾付きの深鉢型の土器でしょうか。それと土偶も縄文時代を代表する土器ですね。それと今回たくさん展示されていたのは香炉型土器(手あぶり型土器か)というのがありました。

石器は石鏃や装飾の玉類、祈りの道具、食べ物をすりつぶす磨製石器等がありますね。

縄文時代の遺跡は東北地方が豊かだといわれていますが、まさに土器は様々な形のものがあり、東北地方の縄文文化はそれなりに安定して続いていたのかなと思いますね。

縄文土器は飾りが派手な深鉢のイメージが強いですが、そういう派手な土器ばかりではなくて、実用的な装飾があまりない壺や深鉢も沢山あるんですね。
本等で紹介されるのは芸術的な派手な深鉢になりがちだけど、縄文人の生活では実用的な土器の方がよく使われたんではないかなと思ったりします。
そいう見方をすると、装飾付きの土器はお祭りとか祈りの場とかの特別な土器なんではないんでしょうかね。
素人目にはそういうあっさりした壺や鉢は弥生土器と区別がつかないです。

土偶も立体的な厚みがある土偶が有名ですが、はじめのころはそういう複雑な立体的な土偶ではなくて板状の土偶に模様をつけたものなんですね。
土偶で型どられてるのはやはり女性だと思いますね。その意味合いは無事に子供を産んでほしいという祈りでしょうか。土偶は意図的に破壊されてることが多いというのも、身内の形代として祈りをささげたんですかね。
今回はたくさん土偶が展示されてましたが、髪の毛が複雑に表現されていたりして、かなり芸術的でした。

そして玉類ですが、以前に稲作の起源で”稲作文化とともに勾玉も朝鮮半島から来た”とあったのがかなり引っかかってまして、そこから縄文時代にすでに日本に勾玉があったのではないかと、それを確かめたいというのがありました。
まえから縄文時代遺跡から勾玉が出ていたのは見たことがあったような気がしてたんですが、やはり縄文時代から勾玉は日本列島ですでに生産されていますね。
今回の展示でも岩手の遺跡からのヒスイ製の勾玉がありました。ヒスイといえば新潟の糸魚川産ですね、数百キロも離れたところのヒスイをもとめて交易をしていたんですね。
勾玉は弥生時代の大陸からのものではなくて、縄文時代にすでに日本列島で盛んに作られて、貴重な宝石として流通していたのは間違いないでしょう。
きれいな緑の石は今見ても神秘的なんで数千年も前だとほんとに貴重なものだったんでしょうね。

なぜ今回大坂の弥生文化博物館で岩手の縄文遺跡の特別展があったのか。
これは東日本大震災後の復興支援での緊急発掘調査に博物館の職員さんが派遣で行っていたというのがありました。
復興支援でどんどん物を作るだけではなくて、こういう裏方的な復興支援で活躍されているのだなと、改めて知りました。

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