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2014年6月

2014年6月30日 (月)

【シルミド】「実尾島事件」の真実

シルミド 「実尾島事件の真実」:城内 康伸

先日「シルミド」の映画を見て調べてたら、この話は実話をもとにしていて、このシルミド事件を調べて書いた日本人の本が出ていてので読んでみました。

映画は時間的な制約もあるし、話をわかりやすくする為の演出や脚本の構成になっているんですが、それでも結構面白くできていました。
その話の元となる事件、「実尾島事件」は映画より凄まじいですよ。
まさに現実は小説より奇なりです。

事件は1971年8月、22人の武装集団がバスを乗っ取り、青瓦台へ向かう途中、ソウル中心地近くで自爆。民間人6人、警察2人、武装集団18人が死亡。4人が生け捕りというものです。

最近の韓国の事件後の対応を見てても、発表が正確ではなくてぐだぐだになることが多いですが、この時も想像すらできない事態なので、当然現場から政府まで大混乱だったようです。
まさか自軍の秘密部隊が武装してバスジャックなどするなんて思いもよらないので発生当初は仕方ないでしょうね。

しかし、真実を明らかにするのは、当時は軍事独裁政権の韓国政府としてはなかなか難しい事だったのでしょう。結果的には現在までも実尾島事件の資料は公開されてないようです。

映画でも部隊創設から強烈に厳しい訓練、北侵入作戦の中止、部隊のどうすることもできない処遇、その後の規律の乱れ等は描かれていたんですが、この本でその間の実情を当時の教官や隣島の住民などの証言で再現されてる内容は映画よりもすごいです。

訓練中の死亡事故の犠牲は7人。北侵入と金日成暗殺という作戦が事実上中止になってから、目的を失った部隊をどうするかというのは非常に難しい問題だったんでしょうね。しかし責任逃ればかりする政府が部隊の不満を知りながら問題の先送りをしてしまう。
映画では、特殊部隊のみんなは問題がありながらもわりと結束力があって、仲間意識もあったようだし、教官たちとも反発しながらもわかりあえる部分もあるような描き方だったけど、実際はそんなに甘いもんではなかったようです。

元々が厄介な特殊部隊で、当初の目的は3カ月とか6カ月で特殊部隊を仕上げるということだったようで、訓練は相当激しかったでしょうね。
そんな激しい訓練で出来上がった特殊部隊が3年もやることも、目的も無くだらだらと過ごしていく。
そうすると、士気は落ちて、教官の言うことも聞かなくなったようです。そしてそんな荒くれ部隊の教官が務める人間もいやになりつぎつぎ入れ替えがあったようです。
そして若造が教官としてくるけど、そんな教官は特殊部隊を抑えることはできない。

政府がこの部隊の処遇を決めれなかった原因の一つには、部隊の所属がはっきりしなかったというのが大きいですね。それに当時の治安組織KCIAが部隊を作ったという事情も余計に複雑にしている。

事態はどんどん悪い方へ事が運んでいきますね。

そしてついに大統領へ直訴に行く、という反乱を起こしてしまう。

特殊部隊の訓練地は仁川国際空港のすぐ側の無人島。まずここで教官たちをほぼ全滅にして島を出る。

それにしてもすごい事件ですね。

この本も読みやすいけど、映画は映像でわかりやすいので、見られるといいと思いますね。
最近も一人シルミド事件がありましたが。

2014年6月24日 (火)

「道具と人類史」戸沢充則

道具と人類史:戸沢充則

1章は「道具のルーツ」2章は「縄文土器の世界」です。

1章の「道具のルーツ」はNECさんの機関誌に連載されていたものを一般書籍向けに出したものです。

戸沢先生が旧石器時代から縄文時代の専門のようなので、人類が初めて道具として使った石器から、縄文土器までを紹介してありますね。

人が動物と違う、その大きなところは、道具を使うかどうか、ということなんですね。そして人類が初めて使った道具というのは獲物をとらえるための石器だったのですね。

一口に石器と言っても、古代人にとっても石ならなんでもいいというわけでは無かったようですね。
たとえばナイフの刃のように先端が薄く鋭くなる石は黒曜石で、その黒曜石を求めて長野県の古代人は山を開発し掘り進めて石器作りをしていたんですね。まさに世界初の鉱山です。そしてその長野産の黒曜石が関東一円に流通しているということは、古代人も道具の素材に対してこだわりがり長野県産の黒曜石を求めたんですね。

土器に関しては、日本が世界でも一番古い段階から制作しているんですね。
土器つくりの技術がどこから来たのか、縄文土器は日本列島で開発されたのかまだはっきりしないようですが、僕は日本列島で独自に土器作りが始まったと思いたいですね。
そしていままであまり意識してなかったんですが、土器を作るためには”火”が必ず要りますね。

良く考えれば、最初はどのようにして火を利用することを思いついたんでしょうね。この本では、自然におこる山火事等で火の存在自体は古代人も知っていたであろうということですね、なるほどです。
しかし自然の火事と、人が欲しい時に火をおこすようになるまでには相当な時間があったんじゃないかと思いますね。

また、火をおこせるようになったとしても、今のように簡単ではなかったでしょうから、種火をどこかで置いておくというようなこともしてたんでしょうかね。

そして骨角器が紹介されています。食料としての動物を食べ終わってから、その骨や角をよく利用したのですね。石よりも加工しやすく、釣り針に加工された骨角器が結構出土してるようです。

考古学は当然出土遺物から古代を考えるという学問なので、出てくる石器、土器、骨角器を主に扱うことになるんですね。そして出てこない物は想像するしかない。
というのは、日本列島では当然に古代人が普段使っていたであろう木製の道具たち、これはよっぽど条件がそろわないと今に残らないので、出てこないんですね。木のつるで編んだかごなんかが出てきたりしてますが、まれな例ですね。僕だけではなくて多くの人も古代人が木で作ったいろいろなものを使っていたと思ってるんではないでしょうか。
古代人の木の道具や食器類がどんな物だったのかわかる時が来たらいいですね。

次に、縄文土器ですね。
土器の研究は専門家の先生によって、相当細かく分類されて、系統つけがなされてるようですね。○○系土器という形で紹介されますが、たまにしか土器を見ない素人にはいつまで経っても違いは判らないです。

縄文土器といえば”火焔土器”といわれる、複雑な装飾がついた土器が有名ですね。長野では”水煙土器”というのがあるようです。
どちらにしても、これらの装飾付き土器の芸術性はすごいと思いますね。
あの形からしてあまり実用的には見えないんですが、どういう風に使ったんですかね。

博物館で見たことがありますが、縄文人のセンスはすごいと思いますね。
それは土器の口縁部の盛り上がってる装飾が”7つ”のものがあるんですよ、5この物や3個の物もある。3、5はまだ割り切れるから解るんだど、”7”は割り切れないんでどうしてもバランスが悪いんですよ。6でも8でもない”7”は見てるとなんか違和感があるんで気付きます、だけど絶妙にバランスが取れてるように見える、これがなんかすごいと思う。

先日岩手の縄文でもたくさん紹介されていた”香炉型土器”は”吊手土器”ともいうそうです。
岩手の香炉型土器は飾りがついてましたが、長野の吊手土器は装飾はあまりないすっきりしたデザインで、出土例も集落に一つ程度と少ないようです。
そして、岩手の香炉型土器は中で物を燃やした痕はは無い様な説明で、使途不明となってましたが、長野の吊手土器は底面に油の痕のような物があり、吊手にも煤で黒くなった痕があるようです。そして、用途としては、動物の脂を燃やしたランプのような使い方を想定されています。
岩手では使途不明でしたが、やはり香炉型土器も中で火を焚いていたんではないでしょうかね、その方が自然なような気がします。
これに火を絶やすことなく点けておくと種火にもなったのではないかな。

長野出身の先生なので、長野の遺跡や遺物からの記述が多かったですね。
縄文時代は西日本よりも東日本や東北地方が元気があるのですかね。

2014年6月22日 (日)

縄文!岩手10000年のたび

大坂府立弥生文化博物館の春季特別展に行ってきました。

まず縄文時代は、約15000年前から約2500年前くらいの時期に当ります。
旧石器時代の後土器が作られるようになった時期から、稲作が始まる弥生時代の前までです。
縄文時代は期間が長いので、草創期ー早期ー前期―中期ー後期ー晩期の6期に分けています。

縄文土器は世界でも一番古い時期の土器ですね。
展示されていた出土遺物はやはり土器と石器がほとんどでした。
しかし土器といってもいろんな形のものがありますね。

縄文土器の形で有名なのは、模様や装飾付きの深鉢型の土器でしょうか。それと土偶も縄文時代を代表する土器ですね。それと今回たくさん展示されていたのは香炉型土器(手あぶり型土器か)というのがありました。

石器は石鏃や装飾の玉類、祈りの道具、食べ物をすりつぶす磨製石器等がありますね。

縄文時代の遺跡は東北地方が豊かだといわれていますが、まさに土器は様々な形のものがあり、東北地方の縄文文化はそれなりに安定して続いていたのかなと思いますね。

縄文土器は飾りが派手な深鉢のイメージが強いですが、そういう派手な土器ばかりではなくて、実用的な装飾があまりない壺や深鉢も沢山あるんですね。
本等で紹介されるのは芸術的な派手な深鉢になりがちだけど、縄文人の生活では実用的な土器の方がよく使われたんではないかなと思ったりします。
そいう見方をすると、装飾付きの土器はお祭りとか祈りの場とかの特別な土器なんではないんでしょうかね。
素人目にはそういうあっさりした壺や鉢は弥生土器と区別がつかないです。

土偶も立体的な厚みがある土偶が有名ですが、はじめのころはそういう複雑な立体的な土偶ではなくて板状の土偶に模様をつけたものなんですね。
土偶で型どられてるのはやはり女性だと思いますね。その意味合いは無事に子供を産んでほしいという祈りでしょうか。土偶は意図的に破壊されてることが多いというのも、身内の形代として祈りをささげたんですかね。
今回はたくさん土偶が展示されてましたが、髪の毛が複雑に表現されていたりして、かなり芸術的でした。

そして玉類ですが、以前に稲作の起源で”稲作文化とともに勾玉も朝鮮半島から来た”とあったのがかなり引っかかってまして、そこから縄文時代にすでに日本に勾玉があったのではないかと、それを確かめたいというのがありました。
まえから縄文時代遺跡から勾玉が出ていたのは見たことがあったような気がしてたんですが、やはり縄文時代から勾玉は日本列島ですでに生産されていますね。
今回の展示でも岩手の遺跡からのヒスイ製の勾玉がありました。ヒスイといえば新潟の糸魚川産ですね、数百キロも離れたところのヒスイをもとめて交易をしていたんですね。
勾玉は弥生時代の大陸からのものではなくて、縄文時代にすでに日本列島で盛んに作られて、貴重な宝石として流通していたのは間違いないでしょう。
きれいな緑の石は今見ても神秘的なんで数千年も前だとほんとに貴重なものだったんでしょうね。

なぜ今回大坂の弥生文化博物館で岩手の縄文遺跡の特別展があったのか。
これは東日本大震災後の復興支援での緊急発掘調査に博物館の職員さんが派遣で行っていたというのがありました。
復興支援でどんどん物を作るだけではなくて、こういう裏方的な復興支援で活躍されているのだなと、改めて知りました。

2014年6月 2日 (月)

【2014MOTO GP】第6戦イタリア

スペイン~フランスと来てイタリアにやってきました。
やっぱりこういう風にヨーロッパを順番に行くと昔はコンチネンタルサーカスといわれてたのが解りますね。

イタリアのムジェロサーキットはロングストレートと右に左にコーナーが連続して、しかもアップダウンがある難しそうなコースですね。
しかし走ればすごく楽しそうなコースレイアウトのように感じますね。
丘陵地帯の中にあって今の季節は緑もすごくきれいです。

去年の大会では、マルクスは予選時にストレートで時速300km越えからコントロールを失って、飛び降りる!という離れ業をして、あごを腫らしたまま決勝に出場。
その決勝では去年決勝中の唯一の転倒をしたコースでした。

そのマルケスがまたもや予選でポール。今回はロレンゾも3番手に、その間に割って入ったのがドゥカのイアンノーネでした。今年のイアンノーネは速いですね、常にドヴィジオーゾとドゥカ勢のトップ争いをやってる感じですね。
ペドロサとロッシは予選ではふるいませんでした。

さて決勝は近年ではベストレースとに数えられるようなバトルで最後まで面白い展開でした。
スタートから飛び出したロレンゾはそのままトップをひた走ります。前半はロッシやイアンノーネ、ドヴィ、などがバトルを展開。ちょっと出遅れたマルケスがいつものように一つずつ前に進出。

今までのマルケスなら、前に追いついたらすぐに前に出るというレース運びでしたが、今回はトップのロレンゾまで追いついてからは今までのようにはいきませんでした。

レース後半に入ってからずーっとロレンゾの後ろで走るマルケス、いつものように前に出ないのは”いかないのか”それとも”いけないのか”。
宮城さんの解説はいつものように「これはライダーにしか解りませんね~」って感じでしたが、今回は様子を見てるようにも見えたけど、お互いが全力で走ってるけどまだ無理をする段階では無かった、って感じでしたでしょうか。

レースも残り7周あたりからでしたでしょうか、マルケスが仕掛けはじめました。
ここから別のレースが始まったみたいでしたね。中継のテレビも、いつもならぶっちぎりのマルケスはほっといて、3~6番手や、後方のオープンクラスのバトルも映すのに、今回はロレンゾ対マルケスの一騎打ちから目が離せない!

長いストレートでスリップとトップスピードの伸びで前に出るマルケス。
そのマルケスに対する防御としてコーナーの連続区間の切り返し、コーナーの突っ込み、または1コーナーでのブレーキング争いとロレンゾの走りは見てて鬼気迫る勢いでした。

1コーナーでの争いや12コーナーでのロレンゾのインへの飛び込みは、ちょっとモンスターマシンを操ってるのを忘れてそうですね。ほんとに限界ぎりぎりのところでの2人のバトルでしたね。

ラストラップに入るストレートで、宮城さんの解説は、「ここで見ておきましょう」と言ってましたね。最終コーナーを前で立ちあがってから、フィニッシュラインまでに前で届くか?という意味でしたね。MOTO GPクラスでは最終コーナーを前で立ち上がれば勝つ可能性が高い。

そしてその直後のストレートでマルケスが前へ!
ロレンゾは1コーナーでマルケスの前に出るべく抵抗する!
両者ぎりぎりのブレーキングでクリップにつけない。
しかしなんとか1コーナー立ち上がりで前に出るマルケス。
追いすがるロレンゾ。
ここからの切り返し区間で飛び込もうとするロレンゾ。
マルケスも全力の走りでロレンゾの攻めを抑える。
12コーナーも飛び込めず、最終コーナーへ。
最終コーナーを若干アウトから侵入して早目のスロットルワイドオープンでフィニッシュラインをめざすロレンゾ。
しかし攻防もここまで、マルケスがロレンゾとの激しい戦いを制して記録となる開幕からの6連勝。

今回のマルケス対ロレンゾは2012年のチェコのペドロサ対ロレンゾと同じくらい面白い攻防でした。

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