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2012年6月21日 (木)

阿武山古墳と牽午子塚

阿武山古墳と牽午子塚

先日、今城塚古墳歴史館で行われていた特別展のパンフレットです。

阿武山古墳の存在は数年前に近くで起こった事件の時に知りました。その後井沢元彦氏だったかな?の本で藤原鎌足・中臣鎌足のお墓だということを知りました。
阿武山古墳は昭和9年に偶然発見されたんですね。そこで緊急に発掘調査をしたのだけど、当時でもすごく騒ぎになったらしく、あわただしい調査ののち埋め戻されたそうです。それからだいぶたった昭和57年に再調査で詳しく調査されています。

未盗掘で発見された阿武山古墳の出土資料は一級品だったようです。夾紵棺は絹と漆で固めた棺ですがほとんど他に資料が無いしほぼ完ぺきに残っていたのはすごいですね。他にも金糸や玉枕などなど貴人のお墓にふさわしい遺物が出ています。
今回の特別展では、阿武山古墳が終末期古墳ということで大阪や奈良の終末期古墳もたくさん取り上げて違いや特徴を解説してありました。
パンフレットでは終末期古墳やその周辺遺跡を紹介しつつ、当時の飛鳥時代の文化なども紹介してあります。個人的にはもう見ることができない遺跡や発掘遺物のきれいな写真と解説があるので写真集のようでほんとにいいものです。

最後に森田克行氏の”秘匿された鎌足墓”というコラムは読みごたえがありました。阿武山古墳が鎌足墓とされたことを、近くにあるもともとの”鎌足墓”とされる将軍塚古墳もとりあげながら検討したりと、丁寧に説明してあります。また、まさに偶然発見されないといけないぐらい、ぱっと見は古墳と判らないように秘密に作られていた様子や、藤原四家の話など面白い話でした。

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