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2012年3月18日 (日)

稲作文化

稲作文化:上山春平・渡部忠世

これはシンポジュームを文書化した本であります。

稲作文化がどういう範囲であるかとか共通点は何か、麦の文化とはどう違うのかといったことが討論されています。

米を食べる文化というのは主に東アジアで、麦は西アジアからヨーロッパですね。その中間のインドは米を食べるけど文化的には稲作文化圏には入れない。

もともとの稲作は水田ではなくて畑、陸稲が初めじゃないか、そこから水辺でも育つ種が効率よく育つのでそちらが選べられるようになったのではないか。農耕具の面からは犂、すきは麦文化であると、水田では最初はすきは使われず踏み耕が行われていたらしい。必ずしもすきはいらない。

この本を読めばお米に関するいろんなことが出てきますね。このシンポジュームには考古学の先生は参加されてなくて、登呂遺跡の柱跡から復元した高床の大きな建物を村の共同倉庫だとする考古学の先生の説をお米を研究されてる先生はあり得ないと批判されていました。理由は簡単ですね。リスクの分散です。収穫したコメは一軒一軒の倉庫に保管するのです、しかも家からちょっと離した倉庫で。火事でお米の倉庫が燃えたら餓え死んでしまいますからね。いっぺんで村全体がそういう状況になる可能性がある共同の米倉庫はまず考えられないそうです。実際いろんな国の農業を見て回ってもそんなことをするところはないようですね。

こういうことがあるので歴史学会もいろんなほかの学問の先生と積極的に交流していろんな意見に耳を傾けたらもっと研究が深くなるようにおもいます。

稲作文化で特徴的なものの一つに”ねばねば”の食べ物があるようですね。西側の麦文化圏ではねばねばな食べ物はないそうです。もともと米の前にいも類を食べているとねばねばなものに抵抗がないみたいですね。

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