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2012年1月18日 (水)

神々の流竄(るざん)

神々の流竄:梅原猛著作集8

やっと読み終えた。

梅原先生が古代史をやるようになった最初のころの論文です。先生自身が書いていますが古代史、日本書紀と古事記について研究していく過程でどんどん”いままで定説とされていることと違う事実”に気づいて書いていった感じが出ています。もともと西洋哲学者の先生が偏見なく古代史を深く追求していくといままで誰も気づかなかったことが梅原先生には見えてくるんですね。西洋哲学の梅原先生が古代史をやろうと思ったきっかけは、日本とは何か?日本人とは何か?ということを考えて行ったら古代史の研究に行きついたんですね。なんと僕が古代史を勉強しだしたのも同じような理由からです!生意気ですが・・・僕が古代史をやろうと思うようになったのは、たとえば外国人に”日本とは?日の丸とは?”と聞かれたときに全く答えを持っていないなと思ったからです。ここ3年ほど古代史関連の本を読み漁ってますがいまだに解らない・・・

この本での梅原先生の説は古事記、日本書紀の作者が藤原不比等だということですね。当時の7世紀から8世紀の政治状況を考えて日本書紀、古事記の内容で誰に有利に書いてあるかを論証しています。なぜあの時点で歴史書を書かなければならなかったのかを追求していくと不比等説は確かなような気がしますね。僕は前は天武天皇が書かせたと思っていたけど、その後ろの全く記録にあとを残さない藤原不比等というのに気づく梅原先生はすごいですね。とくに稗田阿礼を藤原不比等だとする論証はすごく説得力があるように感じた。

この本をよんで自分の中で湧いてきた疑問が一つ。それは壬申の乱における藤原氏の動きですね。壬申の乱は日本書紀のクライマックスですが、藤原氏はほとんど出てこなかったような気がする。藤原不比等が書いたのだとしたらやはり故意に藤原家のことは書いてない可能性が高い。しかし中臣鎌足(藤原鎌足)は天智天皇の側近!しかし壬申の乱で勝利を収めるのは大海人皇子(天武天皇)。ということは壬申の乱の勃発した時点では藤原氏は大友皇子側ではないのかな?そうすると敗者側?壬申の乱ですでに大海人皇子側についていたのか。天武天皇から持統天皇に変わったら藤原不比等の時代がいきなり来るけどその辺が解らないな。

それと自分の意見とちょっと違うと感じたのはヤマタノオロチ神話の大和が舞台だとする説ですね。僕は三浦佑之先生の古事記を読んでやはりあれは出雲地方の斐伊川のほうがすっきりするような気がする。梅原先生の三輪山説は無理があるかなと。

梅原先生の古代史は説得力があるんですが、しかし以前に読んだ発掘の専門の先生の本によれば、梅原先生は哲学の目で歴史を解いていこうとするが、発掘の現場を解らずに間違った認識をされていることもあると書いてありました。いろんな本でいろんな説に出会うのもまた面白いです。

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